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 触れそうで触れない絶妙な距離をおいて、久住は苦しそうに誉を見つめる。 「…大事にしたかった。優しく触れたかった」  誉は、心が通い合わなかった空き教室での行為を思い出す。  胸がつぶれそうなほど悲しくて、苦しくて、どうしようもないのに久住のことが好きでたまらなかった。傷付くことが分かっても欲してしまった。  それが今、久住の言葉で、誉が抱えていた想いが優しく、労わるようになでられた気がして心が震えている。  坂上に襲われたあの雨の日も、バイトからの帰り道も、授業中に倒れたときも、いつだって久住がいた。 「やっぱり…」 (優しいんだよ、バカ)  どうしたって、久住ことを好きにならずにはいられない。  始まりこそ歪だったけど、向かう矢印は互いを指し示していた。引き寄せられた矢印を今さら引き離すことはできない。好きになってしまったら、もう止められないのだ。 「好きになって良かったよ」  誉は人生で一番下手くそな笑顔を浮かべ、膝立ちで久住の首に腕を回す。目を見開いて固まる久住におかまいなしに頬をすり寄せば、ゆっくりと確かめるように誉を抱きすくめた。 「俺も…」  吐息とともに吐き出された久住の言葉は、まだ続いたのかもしれない。だけどその先を聞けば涙が溢れそうで、無理やり誉の唇で塞いだ。     
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