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初めは腹に何か抱えているのではないかと疑りもしたが、半年付き合っていると自然と見えてくる彼の性格は争いを好まず、かつ自分のペースは乱さない、だからこその対応だったのだろうと今では理解し、感謝もしている。彼がいなかったら誉はクラスで浮いた存在か、はたまた、存在すら知られていない人物だったかもしれない。
誉は、一歩踏み出すごとに重くなる足取りに仕方なく立ち止まった。
(行くも地獄、戻るも地獄とはこのことか…)
眉間に皺を寄せながら、この先に待ち受ける『地獄』を想像すると、頭を抱えてうずくまりそうになる。
非常に心も身体も重かった。
時間を二、三十分ほど前に遡る。
山下の言う通りに職員室へ向かうと、気持ちを奮い立たせ、いざ参らんとばかりに塚本のところへ行ったのだが、先客が居て誉は声を掛けるタイミングを外してしまった。椅子に座って何かを話している塚本の傍らで男子生徒二人が並んで立っている。しばらく様子を見て、声を掛けられそうになったら声を掛けようと少し離れたところで背を向けて待機することにした。その矢先、
「うっせーなあ。何度も言ってんだろーが。知らねえもんは知らねえって」
どこかで聞いたことのある声が誉の元まで届いた。どこかでどころでなく、朝聞いたばかりの声だ。
誉は咄嗟に近くにあった書類棚に身を隠し、こっそりと様子を窺う。横顔が一瞬見えた。見間違うことはない。やはりあの跳び蹴りを男子生徒たちに見舞わせた彼だった。
(そうだ。思い出した。確か──、)
「久住」
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