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玄関で背中越しに聞こえた声に、靴を履きながら不満げに答えると、振り返った先にはむしろ自分の心配でもしたらどうだと言いたくなるくらい、寒そうにパジャマの肩にブランケットを巻きつけている遥夏がいた。トイレのドアノブに手を掛けているから、その状態で用を足すらしい。
前に向き直り、
「…俺、トイレにブランケット持ち込むほど歳取ってな」
とまで言うと、誉は慌てて玄関扉から脱兎の如く逃げ出した。尋常でない禍々しさが背中越しに伝わり、危険だと判断したからだ。直後、後ろから聞こえたのは遥夏が扉に向かって何かを投げつけた鈍い音だった。
思わず振り返って、追われていないことを確かめ、ほうと息を漏らす。
家の中ではほぼ素顔、ジャージかパジャマを部屋着とし、口よりも先に手や足が出る乱暴者の遥夏なので、『きれいなお姉さん』の看板を背負ってる今は、間違ってもあんな格好で外に出られないのを知っている。知っているにもかかわらず、誉は身に染み付いた条件反射で確認するのだ。毎度のことながら遥夏の豹変ぶりには恐ろしいものがある。
姉の遥夏は、家の中でこそ他人様に見せられたものではないが、一歩外に出ると誰もが振り返るほどの『きれいなお姉さん』に変身する。おまけに笑顔を絶やさず人当たりも良い。
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