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 誉がまだ小学生の低学年だったころ、同じクラスの男子から謂れのない暴言を吐かれたことがある。内容こそ忘れてしまったが、当時は体も小さく内向的だった誉ははね除ける術をもちあわせておらず、また逃げることもできなかった。ただじっと嵐が過ぎ去るのを待っているだけだった。  それをたまたま見かけた遥夏が何やら怒って追い払ってくれたのは一番古い記憶だ。  誉に対して一番の壁でもある姉は、同時に頼もしいヒーローでもあったと思い出す。  普段は誉のことを体よく使う遥夏だが、いざ弟が窮地に立てば庇うように矢面に立つ。きっと学校のことも誉の気持ちを汲み取って、何らかの手を打ってくれるにちがいないだろう。  この年齢になっても自分で自分のことを解決できないのは情けないと思うが、弟という立場に甘えられるなら甘えておこうと打算が働くのも正直な気持ちだ。  きっと自分は狡い人間なのだろう。  誉は無理やり思考を打ち切るように頭を振ると、立ち上がり、何も考えず遥夏にまかせればいいと思い直した。  些か軽くなった足取りでビルの階段を降りると、辺りはすっかり暗くなっていた。飲食店やコンビニ、様々な店の灯りが街灯がわりに明るく路を照らしている。     
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