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 ひんやりとした空気に誉は身をすくませ、いつものように立ち並ぶ店を眺めながら家路へ急いでいると、ビルの一階のテナントとして入っている飲食店の扉が勢いよく開いた。まだ誉のだいぶ前方だったためぶつかる事はなかったが、驚いて一瞬立ち止まる。すぐに歩き出そうとして誉は凍りついた。  何故こんなところに。  そんな言葉を思い浮かべたら、扉から出てきた人物に思いきり顔を顰められた。店の外観からは何を専門にした店かは分からないが、白のシャツを肘まで捲って黒のタブリエに黒のパンツの出で立ちは、さながらギャルソンのようだ。長身でスタイルも良く、見た目だけなら誉などよりよほどモデルのような姿なのに──誉は女装モデルだが──、醸し出す雰囲気が接客業には似つかわしくないほど尖っている。  誉だとて会いたくて会ったわけではない。偶然だ。たまたま運悪く鉢合わせてしまっただけである。出来ることなら顔など合わせたくはなかった。久住となど。  そんな心情が表情にだだ漏れていた誉をじっと見つめ、久住はこれ見よがしに『はあ』と大きく息を吐いた。 「ちょっと来い」  誉の返事を待たず、久住は言い捨てるとさっさと店の中に入ってしまう。  呆気にとられ立ち尽くしていると、久住は入口のガラス戸から顔だけ出して顎をしゃくった。中へ入れと促しているらしい。誉はわけも分からず久住の後を追うように、慌てて店の中へ駆け込んだ。     
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