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せめて帰り道にでも出くわしたら直接言えるのに、そう思うものの、結局出会うことは叶わなかった。
***
タイミングを外したお礼というのは、双方ともに実感が薄ぼんやりして、自転車の一漕ぎ目のペダルを踏み外したときのような、焦りと緊張を体感するはめになる。
期待を裏切ることなく一漕ぎ目を踏み外した誉は、長机で姿勢正しく無心に素数を数えていた。
事の発端は朝、登校してすぐのことだった。
不名誉なところにもかかわらず、たった数日で不思議なほど通い慣れてしまった特別室には、長机の端──出入り口から一番遠い席──で肘をついて目を閉じている久住が一番乗りしていた。
不良っぽいのに真面目なところもある、と女子が見れば好感度が上がるところだが、生憎誉は男だ。好感度は特に上がることもない。しかし昨晩、妙な接点が出来たことで心無しか浮き足立ちそうになるのは否めない。何がそこまで気分を高揚させるのか自分自身分かっていないが、いまは気持ちを抑えて近づいた。よく見れば久住はイヤホンをしている。音楽でも聴いているらしい。
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