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 久住は気配に気付いたのか視線だけ向けると、ぎょっとしたように目を見開いた。しかし一瞬後には何事もなかったように無表情を貼付け、目顔で何?と尋ねてくる。警戒心も露なその態度に、昨日の積極的な久住は幻だったのだろうかと、誉は狼狽え言葉に詰まった。  慌てて昨日ご馳走になった礼と味の良さを手短に伝えると、久住は気のない返事で、ああ、とだけ言って横を向いてしまった。会話終了だ。  本当は誉に料理を振る舞った理由も訊きたかったけれど、久住の態度を見れば一目瞭然だ。きっとこんな風に話しかけられること自体迷惑だったのだろう。諦めたらそこで試合終了ですよ、という名ゼリフが頭の中に響いたがそれどころではない。  誉の心は見る見る間に、風船のように萎んでいった。一人で勝手に舞い上がった結果、相手の温度差に気が付かなかったのだ。  誉は恥ずかしさで居たたまれず、そそくさと自分の定位置である入り口近くの長机の端へ腰を下ろした。そして自己嫌悪に陥る。  やってしまった。  誉は海よりも深く後悔した。ついでに海の底に沈んでしまえば良かったのに、と思う。勘違い野郎が調子に乗って出てこれないよう、深く深く、海の底で深海魚のようにひっそりと生きていれば良かったのだ。  世間一般では顔見知り程度の人間に気軽に話掛けるなんて、身のほど知らずな行為だったのかもしれない。  馬鹿だと思った。恥ずかしくて惨めだった。だけど、後の祭りだ。     
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