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 誉はそろそろと顔を上げると、久住は向かいにかがみ込んでおり、思いのほか距離が近くて息が止まりそうになる。瞬きも忘れるほどに。  こういう場合何を言うのが適切なのかと頭をフル回転させ、 「…大丈夫」  漸く出た言葉は、誰かと同じような素っ気ない一言だった。 「そうか」  久住は目を伏せ、それだけ言うと特別室から出て行った。自然とその後ろ姿を目で追っていた誉は、椅子を引く音で我に返る。 「ほんと大丈夫? すごい音したけど。寝落ちでもした?」  定位置の誉の前の席に座り、高瀬は心配もそこそこにからかいながら訊ねてくる。 「まあ、そんなとこ」  誉は曖昧に濁し、三分の一ほど残る弁当の蓋を閉じる。食欲は完全に失せた。  高瀬とはその後少し世間話をして、彼のスマホに着信が来たのを機に終了した。  一人きりになった室内で静かに息を吐いて目を閉じた。瞼の裏に久住の姿を思い出す。  どうしたはこちらのセリフだ。  誉から話かければ迷惑そうにしていたのは久住ではなかったのか。あの態度はどう見ても誉を心配するような近い存在ではないだろう。  しかし、と否定的な思いとは裏腹に、誉の頬は明るく色づき体温を上げる。ふつふつと湧いてくる胸の温かさが喜びを表していた。  久住の存在が目を逸らせないほど大きくなっているのを、誉は認めざるを得ない。     
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