(1)

5/13

174人が本棚に入れています
本棚に追加
/182ページ
 と、誉はうわずった声を上げ、つま先に力を入れるものの咄嗟のことで踏み留まれず、格好悪くも地面に四つん這いになった。  したたかに打ち付けた手や膝がじんじんと痛み、そっと掌を確認すると擦りむいてほんのり血が滲んでいた。とたんに痛みが倍増したように感じるのは、目からの情報が脳に痛みの信号を送っているのかもしれない。じんわり涙目になる。  誉ははっと我にかえり、散らばった持ち物に目を遣る。周りには手放してしまった手さげ鞄と中に入っていた教科書やノート、胸ポケットに仕舞っていたスマートフォン、それに先ほどまで掛けていた眼鏡が舗装道路に散らばっていた。のんびりしている場合ではない。ぐっと目に力を入れ、浮かび上がった涙を無理やり引っ込める。  それらを急いで拾い上げるべく、真っ先に眼鏡を掛けて周囲を見回した。視力が悪くて必要に駆られてでも、ぶつかった相手を捜す為でも、転んでしまった気恥ずかしさでもない。極力顔を晒さないようにしなければならない事情があるからだ。  その事情とは、誉もまた、遥夏と同じくモデルをしているから、である。といっても普通のモデルではなく、女性の格好をして女性モデルを演じているのだ。女装と何が違うのか、と問われればはっきり言って何が違うのか分からない。     
/182ページ

最初のコメントを投稿しよう!

174人が本棚に入れています
本棚に追加