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 気のせいだろうと思い直した頃、また声が聞こえた。今度ははっきりと誉を呼ぶ声だった。 「誉くん、久しぶり」  振り返り、そして後悔した。 「…坂上さん」  そこにいたのは遥夏の以前の彼氏で、誉も数度あったことのある人物だった。どうしてこんなところにいるかなんて考えるまでもなかった。  以前遥夏が坂上と別れたいがために、誉まで巻き込んで──女装までさせられ──坂上を誑し込むように仕向けたことがあった。挙げ句、遥夏は現行犯よろしく坂上にその場で別れをたたきつけた。きっとそのときのことを根に持っているに違いない。誉だってトラウマになるほど嫌な出来事だ。そうそう忘れられないだろう。 「俺のところに来られても姉とのことは…」 「違うよ」  なら何の用だと怪訝に思っていると、坂上は人の良さそうな顔で近づいて、傘がぶつかるのもかまわず誉の腕を強い力で引いた。咄嗟のことで引かれるがまま坂上の胸にぶつかる。 「遥夏のことは本当にもういいんだ。言っただろう?僕は誉くんと付き合いたいんだよ」  誉ははっとして坂上を見上げると、昏い目で薄く笑っていた。本能が逃げろと訴える。  どうすればいいか必死で考えるけれど、遥夏よりも年上でがっしりした上背のある坂上を撒いて逃げる方法が思いつかなかった。     
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