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ああでもその前に事務所で撮影があるんだった、と閉じてしまいそうになる瞼を押し上げる。スマホで現在の時間を確認すると約束の時間が迫っていた。のんびりしている場合ではない。久住が戻ったら礼だけ告げてすぐに出よう、そう思っていると当の本人が首からバスタオルを掛けてリビングに戻ってきた。上半身は裸で下半身には灰色のスウェットという出で立ちで思わず怯む。
目のやり場に困ってしまう。あんなことがあった後だから、余計に意識して動揺しているのだろうか。
誉はなるべく心を落ち着かせ辞去の挨拶をする。
「あ、あの、タオルありがとう。今日のことはまた改めてお礼するから…。おじゃましました」
久住の脇を抜けて出て行こうとすると、がっちりと二の腕を掴まれた。誉は驚きに声を上げ、引きずられるようにソファまで連れて行かれる。そこで手を離すと久住は深くソファに背もたれて座り、
「おまえも座れ」
と腕組みながら威圧感たっぷりに命令する。誉は長年培われた、対遥夏の経験則からも、こういう場合は逆らってはいけないと反射的にラグの上に正座した。
「そっちかよ」
ぼやくように言った久住に、何かおかしなことをしただろうかと見上げる。
「?」
「いーわ…。で、さっきのヤツだけど、知り合いか?」
久住は疑問を呈しながらも断定的に尋ねる。当然だ。面識のない人間の苗字なんて呼べるはずもない。誉はどうしようかと思案した。
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