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あのあと、久住の家で男に襲われた経緯と、今まで他人に明かしてなかったモデル事務所でアルバイトをしているということを説明した。さすがに女装してモデルをしているとまでは言えなかったが、久住なら誉の話を馬鹿にすることなく聞いてくれそうな気がしたのだ。予想通り久住は真面目に話を聞き、誉よりも深刻な表情で大丈夫なのかと心配までしてくれた。
正直面食らってしまった。久住には助けてもらいはしたが、それが『心配をする』ことに繋がるような関係だとは思えなかったのだ。
交わした会話は数回。仲が良いわけでもなく、期間限定のクラスメイトである誉に興味すら持っていないと感じていた。事実、以前久住の店で出されたビーフシチューのお礼をと、誉から話しかけたときに素っ気ない態度で会話が続くのを拒んでいたような雰囲気だったことは、忘れられない出来事だ。それを考えると青天の霹靂といっても過言ではない。
誉が余程変な顔をしていたのか、久住はばつが悪そうに顔を斜め下に向け、口元を手で覆った。
「いや、俺が言えた義理じゃないけど」
小声でぶつぶつ言う久住に誉はとんでもないとかぶりを振る。
「助けてもらって本当に感謝してるし、心配…してもらって嬉しいよ」
お互いの心の距離感が急速に縮まったような気がして照れくさくなり、誉もまた声が尻すぼみになっていく。
なんだか変な空気になってしまったが、不思議と気詰まりや焦りは感じない。むしろもっとこの時間を長引かせたいとさえ思った。
(もう少し、話したい)
「あのさ…、」
と、神妙な面持ちで久住は言葉を切ると、誉に向き直る。
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