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 幸か不幸か、久住とは以前よりも近い存在になれた。アルバイトへの行き帰りの数十分の間にしたたわいもない会話から、好物が購買にある『激辛カリーパン』だということも知った。ほかにも年子の妹がいること。休みの日は昼まで寝てること。朝食は和食がいいこと。  誉は久住が話し聞かせてくれたときの様子を思い浮かべ、自然と口角が上がった。  些細なことだけど、パーソナルなことを知れるというのは特別なことのように思える。  挨拶どころか目も合うことのない、お互いの人生に接点のない人種だと思っていたのに、あの出来事がきっかけで交わりが出来たのだ。  出会い方は最悪だったかもしれない。だけど今では久住の隣を歩くことが嬉しく、目を見合わせて会話することがたまらなく幸せな時間だ。  ずっと続けばいい。そう願いながら、あとどれだけこの幸せな時間が続くのかカウントダウンしている自分も居た。  久住と同じ時間を共有できて喜ぶものの、共有してしまったせいで久住のことを思い出すワードはどんどん溜まってしまった。  楽しい記憶は、コインの表裏のようにそのときどきでくるくると入れ替わる。楽しい記憶とすぐそばの現実は虎視眈々と入れ替わるのを待っているようで、誉は浮上した心が見る見る間に下降していった。 (そうじゃない。何も哀しいことなんてない)  特別室での生活が終われば、久住との関わりもなくなるだろう。繋がりのなくなった元の生活がはじまれば、じきに慣れる。それが本来の日常だ。     
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