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特別室での生活が終わっても、一緒に過ごした時間だけは、久住の記憶の片隅にでも残っていればいい。これ以上望むことはない。
そう自分に言い聞かせ、ひとつ息を吐いた。
「…はよ」
声に驚いて振り返ると、いつものようにイヤホンを外す久住が後ろに立っていた。普段は教室までずっと音楽を聴いている久住は、誉と居るときには必ずプレイヤーを止める。
「おはよう」
誉は挨拶を返して幸せを噛みしめる。
今日は朝から久住に会えた。
***
室内の明かりも十分な部屋で、遮るものもなくよく見渡せるはずなのに、なぜか視界が霞む。今日も特別室では普段と変わりなく、空き時間の教師が授業を進めている。
おかしいなと誉は眼鏡を外し、目頭の辺りを軽く揉みほぐそうとしたときに異変に気が付いた。ぐらりと揺れる上半身に抗うことも出来ず、授業中にはありえない大きな音を立てながら椅子から転がり落ちた。咄嗟に受け身を取ることも侭ならないほど身体に力が入らなかった。
「峰石くん!」
誉の倒れて行く様を見ていたこの時間の担当教師は、叫ぶなり急いでかけ寄り、久住と高瀬も状況を把握すると椅子をがたがた鳴らせて誉の傍に集まる。
身体の半身を重力のままにぶつけ、色々痛いが幸い頭はさほど痛くなかった。ただ、瞼が重い。
「おい峰石、大丈夫か」
「これ頭ぶつけたんじゃない?」
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