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 スローモーションのように見届けた自身の眼鏡の最期は、誰かの靴の下であるとはまことに想定外である。世の中も分からないが、人生も分からない。視界に入っている靴の大きさや、同じ制服のズボンから男子生徒が踏んだらしいことは分かった。どうでもいい情報だ。実にどうでもいい。せめて女子生徒なら良かったのに、と思う心情はこんなときくらい許してほしいものだ。  踏まれた誉、踏んだ男、しばし無言でその場に固まる。  不測の事態に思いのほか混乱していたらしく、誉は顔を上げることもできずしゃがみ込んだまま、ただただ踏まれた眼鏡を見つめていた。そして、沈黙を破ったのは踏んだ男だった。 「マジか…」  そろそろと見上げると、何度か遠目でしか見かけたことのない、学校内でも一、二を争うイケメンと言われる男だった。名前は以前どこかで聞いたことがあるはずなのに、興味がなかったせいか思い出せない。それどころか、名前のことなど瑣末だと思わせるほどのイケメンぶりに吹き飛んでしまった。  意志の強そうなキリッと上がった眉、切れ長の瞳に通った鼻梁、薄い唇にシャープな顎。無造作にセットした明るい色の髪が太陽に透けて金色にも見える。おまけに百八十はあろうかという背丈に、制服の上からでも分かるスポーツで鍛えられたような均整の取れた身体は、まさに男が羨む男だった。  かたや誉の背丈は百七十そこそこの男子高校生平均身長。お世辞にも筋肉があるとは言えない細身の身体である。女性モデルもこなせる中性的な顔立ちは、男らしさとは悲しいほどに無縁だった。     
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