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 いつだったか久住の好物が購買の激辛カリーパンだという話をしたとき、誉も購買にしか置いていないアップルジュースが好きだと話した。校舎内の自販機にも他のアップルジュースは並んでいるのだが、果汁が二十パーセント未満の人工的な甘さだから飲む気になれなかったのだ。それをわざわざ久住に話した覚えはない。なのに──。 「…普通こういうとき、ポカリじゃねーの?」  誉はふるえる唇で悪態をつきながらサイドテーブルから紙パックのジュースを取り上げると、まだ冷たくてそのまま額に乗せた。熱があるのかとても気持ち良い。  些細な会話だから覚えていないだろうと思っていた。  誉が思っている以上に、久住にとって誉はジュース一個分くらいの存在価値はあるのだろうか。ジュース一個分の価値がどのくらいかわからない。わからないけど嬉しくて胸がきゅっと詰まり、泣きたくなるのはもっとわからなかった。    ***  次に目を覚ましたときには昼も過ぎて午後の授業が大方終わっている頃だった。保健医が気を利かせて、気持ちよく眠る誉を無理には起こさなかったのだ。昼に一度声をかけられた記憶がうっすらとあるが、それよりも強い睡魔に抗えなかった。  誉はそろそろとベッドから抜け出すと、ちょうど六時間目終了のチャイムが鳴った。半日保健室で過ごしたのは、特別室的にはセーフなのだろうかと考える。 (一応出席してるし、早退したわけでもないし、期間延長はないよ、な? 大丈夫だよな? 大丈夫なはず)  そう自分に言い聞かせ、不安を押しとどめた。     
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