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加藤は誉の抵抗もなんのそのの馬鹿力で、脇に抱えて引きずりながらすぐ傍の壁にある姿見まで連れて行く。
「抵抗しろ抵抗しろ。剣道部の体力なめんなー」
完全に子供扱いされて悔しいが、怨むべきは己の体力の無さだった。
あっという間に姿見の前に立たされて、誉は膨れっ面になる。
「ははっ。峰石の怒った顔はじめて見たわ」
鏡越しに加藤に不満をぶつけようと目線を合わせると、思いがけず真面目な顔をしていて口をつぐむ。
「周りに気ぃ遣わず、もっと素を出してこうぜ。絶対おまえなら大丈夫だから」
優しい言葉とは裏腹に、加藤は少し乱暴に誉の髪をかき混ぜる。瞬間、心までかき混ぜられたようにさざ波が立った。喜怒哀楽のどれだか分からない。加藤の励ましに素直に感謝する喜びも、よく知りもしないのに勝手なことを言うなという苛立ちも、今まで耐えてきた孤独も、色んな感情が混ざりあって滲んでいく。もしかしたら明確な感情ではないのかもしれない。
鏡越しの加藤の表情は穏やかなのに力強くて、誉はただ黙って頷くのが精一杯だった。
何かを言葉にしたら洪水のように気持ちが溢れ出しそうだ。
「じゃあ俺、そろそろ部活行くわ。なんかおっかねーの来たし」
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