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「え、待って。ちょっと頭の中整理するから。ほんと待って! すぐだし!」
下手な時間稼ぎをする誉自身が一番信じられない。こんなセリフでは子供すら騙されないだろう。
どうしようどうしようとそれだけが頭の中をぐるぐる回る。そして久住のスマホから独特な電子音が流れ、時間切れになったことを悟った。久住はアラーム音を止めるのに一瞬誉から目を離した。その隙を待っていたわけではない。だけど誉は反射的に立ち上がり駆け出した。
「!」
ぶつかるように扉を開けて抜け出ようとする寸でのところで、背後から力強い腕に身体を巻き取られた。そのまま引き倒すように教室に戻され、誉の上には久住が覆い被さっていた。逃げる最中、後ろを振り返る余裕などなかったにもかかわらず、確実に後ろに気配を感じていた。
誉は乱れる息を整えながら、息も乱さないで上から見下ろす男から目を逸らさなかった。
「時間切れだ」
「……」
抑揚のない無慈悲な言葉はどんな暴力よりも誉を打ちのめす、地獄の宣告だった。
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