夏休みが始まる

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夏休みが始まる

 「という事で、怪我や事故に気を付けて過ごすように、以上」  窓のぼんやりと外眺めて思考を空の彼方に飛ばしていたら、せんせーが、どぉんと大きな音を立てて教卓に出席簿をたたきつけた。    その音に驚いて椅子の上で跳びあがりそうになった。一体何なのあれ?終了の合図なの、それとも何かの儀式なの?  「帰り、カラオケ寄ってこーぜ」  右手にマイクを持つふりをして、左手をぶんぶん回しながら抑揚をつけて話しかけてくる。相変わらず今日も楽しそうだ。優秀の「秀」に一番の「一」と書いて秀一だと本人は言う。  けれど俺はあいつの名前は「週一」の間違いだと思っている。週に一回は、女にふられて泣いているだから、週一回のシュウイチ君。    「無理、帰る。俺、腹減った」  「えー、カラオケでなんか食えばいいじゃん」    「高けえよ」   高校生の財布事情と、食欲をなめるなよ。金は常に無いし、いくら食っても腹が減る。それよりまたシュウイチとしかつるんでないと思われるのも嫌なんだ。愛すべきやつではあるが、なにせ頭が悪すぎる。 この前の科学の授業中、シャツをつんつんと引っ張られた。振り返ると教科書横にして、にやにや笑いながら、それを見せてきた。 「な?H2Oってさ、こうやって見るとエロにみえね?」と数字の2を指先で隠した。  隠したんだけど、結局2だけ隠すのができなくてOも指の下に隠れた。見えるのはカタカナの「エ」の形に見えるHだけだった。  「エしか見えねえ」  「あ、ほんとだ」  馬鹿だけど、愛すべきやつだ。でも今日はシュウイチの子守りしてやる暇はないんだ。  「用あるし、家帰って飯食うわ、またなシューイッチくん」  「俺さ、なんか、お前のその呼び方嫌いなんだよな」  あれ?気が付いたか、からかってんの。  シュウイチはどうでもいい、そんなことよりかっちゃんが今日は帰ってくる。 かっちゃんは、俺の大学生の従弟。小さい頃からよく遊んでもらった、いけない事はみんなかっちゃんから習った。  四月に東京の大学に通うために引っ越してしまったかっちゃんが、帰って来るんだ。  歩きながらもつい、にやにやしてしまう。どうしたって、そうなる。顔の筋肉は緩みっぱなしだった。
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