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「陽向、何ニヤニヤしてんだ?」
バルコニーから外を眺めている陽向の背中に軽く口づけると、後ろから腰に手をまわす。その広い背中に頬を付けてもたれかかる。
「んー?思い出してた」
そこから見る風景は、あの朝見たまぶしい海。海岸線の風景は変わってしまったが潮の匂いは当時と同じだ。あの夏から十年、逃げそうになるひなチャンに重しを付けて、捕まえて。気が付けば、日々はひなチャンでいっぱいになっていた。
「思い出し笑いとか、年寄り臭えな」
「高校生には衝撃だったよなって話」
「何のこと?」
「いいや、何でもないよ」
そう、あの夏がすべての始まりだった。釣り上げたひなチャンを逃がさないように囲って、ひと夏かけて恋人になった。
いや今思えば、囲って罠にかけたつもりが、手足を繋がれて離れられないようにされてしまったのは俺の方かもしれない。
「陽向、キスしないの?」
「ん?どうしようかな、して欲しい?」
「何、その言い方?」
「多分、どこかで何かが起こるのを期待してたのかもしれない、あの夏に」
「さっきから何の話してんの?それよりさ」
誘いの合図、羽織っていたシーツを羽のように広げてこっちへおいでといざなう。
「やーらしい顔、俺その顔好きだな」
「陽向も十分に、エロい顔してる」
ベッドに近づくと、指を絡めた。そしてゆっくりと身体を重ねた。
「んんっ」
「どうしたの、克也?いつもより反応いいよ」
「陽向、お前だけじゃないから、何かを期待していたのは」
「なんだ、分かっていたんだ」
二人で顔を見合わせると、途端に大学生と高校生の時に時間が巻き戻されたように感じる。
「陽向、顔赤いよ」
「克也も」
我慢できなくなって、笑いだした。それにつられて陽向も笑いだした。音を立てて初めての時のような幼いキスをした。そしてまた顔を見合わせて二人で笑った。
【完】
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