第1章

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 「ギィ~」  と私は喚いて、小ぎれいな舗道に転がった。ここは、都心の、ビルとビルのあいだにある小公園だ。  私の頬を殴ったのは、細身で背の高い、若い男である。白いスリムのジーンズを穿き、胸のあたりにフリルのついたボーダー柄のシャツを着て、人間の世界においては、まごうことなきイケメンだ。  稲妻のような痛みが、肩に走る。  体のキレが悪いせいだ。本当なら、もっと派手に飛び上がってから転がるはずなのに、中途半端にやるから、かえって肩をひどく地面の石材パネルに打ち付けてしまった。  若い女が市原のほうに駆け寄る。女はジャンプして、プリーツのついたピンクのスカートから細い足を出して、市原の胸に蹴りを入れる。  「ギィ~」  と声を上げると、市原はバク転宙返りをして、地に落ちる。市原は若いから、動きがいい。地に体を叩きつけるときは相当な痛みのはずだが、市原は受け身もうまい。  白いハーフパンツに迷彩柄のタンクトップという姿の男が、葛城の顎にパンチを入れる。  葛城は大きく背面で飛び上がり、仰向けに倒れる。  三人の人間たちは、私たちを悪の化身だと考えているから、全力で襲いかかってくる。まるで容赦がない。  「ギィ~」  「ギィ~」  「ギィ~」  人間のヒーローたちに、他の仲間たちも次々と倒される。そのたびに、「ギィ~」と悲鳴を上げる。  ふつうなら、「ギィ~」とは叫ばない。こんなときに自然出る声は、「ああ」とか「わお」とか「痛っ」とかだろう。しかし、私たち特別防衛官の叫び声は、「ギィ~」と定められている。  もし、他の叫び声を上げた場合は、始末書を書かされる。それが重なった場合には、この任務から外される。  私たちは、みな、全身が黒ずくめである。  いや、黒ずくめという表現は適切でない。これが私たちの体そのものなのだ。  人間のヒーローたちと私たちとでは、戦闘力に雲泥の差がある。人間のヒーローたちが赤や黄色や青色のコスチュームに変身する前でさえ、大人と小学生くらいの差がある。もし彼らが変身したら、戦闘力は十倍に上がるから、私たちでは絶対に太刀打ちできない。  変身する前の人間のヒーローたちと闘うのが、私たち特別防衛官の役目である。それによって、いくらかでも彼らの体力を消耗させることができるはずだからだ。そう思わなければ、やってられない。
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