第1章

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 私はちょっとためらうが、ガラスの向こうの値札を見て、すぐに諦める。ステーキ肉は、半額であっても買えない。  私は結局、メンチカツを買った。それから、総菜屋に寄って、タラの甘酢あんかけとポテトサラダを買って、家路についた。  こうやって出来合いの物を買うから、家計が苦しくなるのだとはわかっている。  もし妻がいれば、安上がりに料理も作れるだろうし、家計のやりくりもうまくできるのだろう。だが、妻は半年前に男と逃げてしまった。  男といっても、隣の家の息子である大学生だ。たしかに、若いから黒い肌もつやつやと輝いているし、私のように無駄な贅肉を腹にため込んでいない分、スタイルだって良い。妻にとっては魅力的だったのだろう。  隣の家の息子は、週に二回、ヨシキの家庭教師として我が家に訪れていた。妻は、塾に通わせるよりもよほど安くて助かるわあ、などとほざいていた。私は、二人に特別の関係が生まれるなど予想もしていなかった。  半年前のその日、妻と隣の家の息子は、突然いなくなった。  食卓テーブルの上にあった置手紙には、  「どうか、さがさないで下さい。ヨシキをよろしくおねがいします」  と書いてあった。  家のローンの頭金で我が家の貯金はあらかた消えたから、たいして手持ちの金はあまりないはずだ。だから、私は、金に困ってじきに戻って来るだろうと考えていたが、甘かった。  昨日、銀行から、学資預金の解約を確認するハガキが届いた。ヨシキが大学に行くときのために、家のローンとは別に、積み立てを続けてきた金だったが、妻はそれを解約して全額持ち出していた。  何が、ヨシキをよろしくおねがいします、だ。いったい、どこからそんな言葉が出てくるのか。漢字もろくに書けないばかめ。  そもそも、妻が他の男と駆け落ちするなど、どこかよその話だと思っていた。まさか、自分の上に落っこちてくるとは思いもしなかった。  家だって、これもそもそもと言えば、妻が欲しがったのだ。私は、防衛隊の官舎ずまいでかまわなかったのに、妻が、ご近所の目がうるさくて、とか、ヨシキにちゃんとした勉強部屋を、とか言って、強引に家を買うように仕向けたのだった。  私は、家を売り払って、官舎に戻ることを考えた。
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