第1章

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 私は、小ザカしくて小ズルい首相に投票する山田県のばかどもも、許せない。  施術してもらって、確かに、腰の痛みは軽減した。施術師の言うように、もう数回通えば、痛みはあらかた消えるかもしれない。しかし、一回に五千円だから、数回となれば二万円から三万円が飛んでしまう。そう思うと、また行こうという気にはならなかった。  家の灯りが点いている。  ヨシキはもう帰宅している。  やはり今日、ヨシキに、家の経済状況を話してしまおうか。  郵便受けを覗くと、封書が一通入っていた。差出人の名前はなかったが、宛名の文字を見て、それが妻によって書かれたものであるのは明らかだった。  封を開けると、離婚届が出てきた。メモが入っていて、こう記されていた。  「リコンして下さい。あなたのらんがきにゅうして役所に出して下さい」  頭に血が上った。離婚届を破り捨てようとしかけて、思いとどまった。妻の望むようにしてやるのは癪に障るが、離婚はこちらも望むところだ。縁を切れれば、清々する。それにしても、てにをはくらいちゃんとしろ。  私は手紙をポケットに押し込んで、家の玄関のドアを開けた。  「ただいま」  ヨシキが走り出てきた。エプロン姿だ。  「おかえりなさい」  ヨシキは元気よく言った。  「お父さん、ぼく、お味噌汁作ってみたよ」  「えっ? そんなことしなくてもいいのに」  「ぼく、これから、できるだけ、家事をするよ」  何て良くできた息子だろう。母親がいなくなってショックを受けているだろうに、そんな様子はおくびにも出さない。私は思わず、涙ぐみかけた。  朝に炊いたご飯を電子レンジで温め、私が買ってきたおかずとヨシキの作った味噌汁で、夕食となった。味噌汁はお世辞にもおいしいとは言えなかった。ダシを使っていないし、ワカメはきちんと切れていなくて飲み込むのに苦労した。それでも、ヨシキの気持ちがうれしかった。  夕食の後で、私は口を開いた。  ヨシキは私の話を黙って聞いていた。  「おまえが大学に行けるように、お父さんもがんばるから。今は、奨学金制度とか学資ローンとかもあるしな。だから、そんなに心配することはない。だが、とりあえずは、現状報告をしておこうと思ってな」  最後は、防衛官のような言い方が出てしまった。  ヨシキはまっすぐに私の目を見て、言った。  「お父さん、ぼく、将来、大学に行きたいなんて思ってないよ」
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