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朝に翠の声で起床し、見送られ、帰宅すれば出迎えてくれる。混乱が落ち着くにつれて、そんな生活を早くも受け入れつつある自分が信じられなかった。あの抱擁でさえ、ブレスレットを身につけている時のような気分を与えてくれることもあって、すっかり慣れてしまっていた。
一途な翠に絆されているとでもいうのか? 翠の主であることをいい加減認めろという、見えない催促のせいなのか?
いつまでも、この中途半端な状態を続けるわけにいかない。それでも、なかなか覚悟が固まらない。
もうすぐ、翠が現れてから一週間が経つ。
「……ん?」
住んでいる部屋は、エレベーターを下りてから一番奥まで歩いた先にある。その前に、ぼんやりと人影が見えた気がした。だが、実際辿り着いても当然誰もいない。
「あれ、翠?」
翠に尋ねようと思ったが、玄関に立ってもいつもの出迎えがない。首をかしげながらリビングに向かう。
「……文秋、さん。出迎えられず、申し訳ありません……」
息をのんで、ソファーを凝視する。
翠が、息を乱してぐったりともたれかかっていたのだった。
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