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「……あの時は、とてもそんな風には見えなかったけど」
実体化が叶って嬉しいと、素直に喜んでいたようにしか見えなかった。
「我慢が、できませんでした」
まっすぐに見つめてくる双眸は、木々の隙間から漏れる光を想像させた。
「文秋さんのことを知れば知るほど、力で癒やすだけでなく直接支えたいと、願望が募ってどうしようもなくて……実体化を、選びました」
どこまで忠誠心が高いんだ。高すぎて、あふれて、なおも満たそうとしてくる。
白い手袋に覆われた手が、頬に辿り着く。つうっとなぞられて嫌悪感を抱くべきなのに、鼓動が速さを増していく。
「これからも、私を頼ってください。お疲れになったら遠慮なく、私に寄りかかってください。どんな文秋さんも、私は受け止めます」
満面の笑顔が残像のように焼きついて、いくら瞬きをしても消えそうにない。
変に浮き立つ気持ちを悟られたくなくて、何とか言葉をつなぐ。
「ありがとう。でも、無理だけはしないでくれよ。藍くんにも怒られるしな」
「……藍は、関係ありません」
自らつぶやいた内容に驚いたのか、すぐにいつもの柔和さを取り戻してリビングへと促される。
それでも、顔を逸らした時に一瞬浮かび上がった「無」の表情が、やけに印象に残った。
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