1章

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家人どころか、奉公人の膳すらさっぱり下げられたあとで取る食事は、もう慣れたものだ。一人で食べるようになったのは十の頃だから、かれこれ六年になる。 ある夜から、両親が、店が忙しいなど何かと理由をつけて千鶴と食事をずらすようにしているのは幼心にも感じた。二人が千鶴をどう扱っていいのか考えあぐねているのがひしひしと伝わってきて、千鶴もそれに遠慮して緊張して、進んで共に膳を並べようとはしなくなった。 寂しくないと言えば嘘になる。今でも母親に甲斐甲斐しく世話されながら食事をする妹が羨ましくないというのも、また嘘だ。しかし、それを直接訴えるには自分は大きくなりすぎたと、千鶴は諦めてしまっていた。 昼食は、白米に豆腐と葱の味噌汁、色とりどりの香の物、朝のうちに煮売りから買ってきたらしい昆布の煮しめと切干大根、それに鰆の切り身を焼いたものと、身の細い千鶴にとっては些か多すぎるほどである。少しずつ口に運んでいたが、次第に飽きて、そのままにして席を立った。女中も声をかけることなく、さっさと片付けを始める。 (……朝の本の続きでも読もう) 千鶴は本来なら鶴乃家の跡取りとして店に出ていてもおかしくない年の頃だが、母屋から出ることは禁じられている。自室に籠もって、隣り合った店の賑わいが聞こえないよう固く障子を閉ざして、本を読むのが習慣だった。     
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