3章

3/5

68人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ
千鶴にとっては、幼いころ父に連れられて海を見たとき以来の、十年ぶりくらいの遠出である。緑深い山々から顔を出す陽、朝焼けに燃える雲、それに焼かれているように輝く田畑。どれも目新しく面白い。歩けば歩くほど、次々に変わってゆく景色も千鶴を楽しませてくれた。 「疲れた!」 千鶴はそう叫んで道に座り込んだ。辺りは落ち始めた陽に照らされて眩しいほどである。 大方の予想通りではあったが、ろくに外へ出なかった千鶴の足では、そう長く保たない。行程も半ばを過ぎたところで、もうすっかり疲れ切ってしまった。 「おいおい、俺の家まではもうほんの少しだぜ。あと一時くらいだ、踏ん張れよ」 「そんなこと言ったって、歩けない。おれ、結構頑張ったと思うよ。籠は呼べないの?」 幸い道行く人は少ないが、真ん中であまり立ち止まっていては注目を集めてしまう。辰之介は転がすように千鶴を道の端へ追いやってから囁いた。 「そんなもん目立ってしょうがねえ。お前は如何にも籠に乗りたがりそうだから、探す奴らも籠から探すぜ。連れ戻されたくないなら、大人しく歩くんだな」 千鶴は逡巡して、両手を差し出した。 「じゃあ、おぶって」 当然とでもいうような千鶴の様子に、辰之介は大きくため息をつく。 「冗談じゃねえぜ、まったく……。仕方ねえな。ほら」 懐から大きな布を出して、千鶴にふわりと被せる。 「これ、頭から被っとけ。できれば肌も見えないように。そんで……これだな」     
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68人が本棚に入れています
本棚に追加