1章

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1章

旅人を迎える町は、昼飯時になると大いに賑わう。今日のうちに東の大きな城下町まで辿り着きたいと、大きな饅頭を買い食ってあと一息の英気を養う者、逆に城下町から西への旅に出たばかりで、地物を片っ端から食ってやろうと名物の鰻串売りに並ぶ者。そして昼飯に迷ってうろうろと彷徨う旅人へ、ここぞとばかりに声をかけて呼び込む茶屋の女たち。 しばらくして昼飯時の喧噪が落ち着けば、今度は商売がひと段落した飯屋の商人たちが、日頃の生活のための買い物を始める。 古くから続く呉服商である鶴乃家は、今代の清右衛門から新品と合わせて古着の取り扱いも始めていた。そのため、高い絹などは手が出ない者たちも古着を売って新しい服の足しにしようと、女たちがかわるがわる衣類を持ち込んで賑わう。 今日も店のほうから、母の伊津が客と話す明るい声が聴こえる。きゃっきゃと子供が騒ぐ声も混じっているから、今年で六つになった妹、菫も、馴染みの客に遊んでもらっているらしい。 鶴乃家の長男である千鶴は、それらの音を聞き流しながら、遅い食事を取っていた。飯をよそうために待っている女中の他には誰もいない。     
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