3章

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人殺しや人攫いには、きっと冷たい血が流れている。辰之介の背中の、この温度は、そういった者たちには出せないだろう。どのような事情で泥棒などに身をやつしているのかしらないが、何か退っ引きならない理由があるに違いない。千鶴はそう思った。 他人の体温を感じたのは久々だった。蔵で辰之介に背中をさすられたときもそうだったが、彼の温度は心地よくて、もっと触れていてほしくなる。 我儘を言うのに慣れた千鶴だったが、流石にそれを口に出すのは憚られて、だんまりしながら辰之介の背中で揺られ続けた。 しかし、しばらくうとうとしていた千鶴は、自分の体の異変に気づいて目が覚めた。 体が熱い。目の奥も熱くて、瞳が潤む。ああ、いつものだと千鶴は直感で悟った。困ったことに、普段より発熱が早い。 「ね、辰……あつい」 耐えかねて、自らを負ぶう辰之介の耳元に訴えた。言葉になった吐息すら熱い。辰之介はびくりと震えて、一瞬歩を止めた。 「……っ、お前、熱が出たか」 「うん……」 「少しだけ辛抱してくれ。急ぐからな、しっかり掴まれよ」 顔は見えないが、焦る声色は確かに千鶴を心配していた。今までより一層早足で、ほとんど走るような辰之介の背中にぎゅうとしがみつきながら、千鶴はまぶたを閉じた。
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