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5章
辰之介のねぐらは、桜花街と呼ばれる郭町を担う楼閣、藤見屋の一室であった。
鶴乃家の家よりも二回り、三回りほど大きく見える藤見屋は、艶やかな朱で塗られ、軒下には細かな藤の細工が施された、二階建ての大見世である。
そのような立派な建物の中で、辰之介の部屋は、ぼろという程でもないが随分手狭な印象だ。部屋には文机がひとつと柳行李がふたつほどしか置かれていない。一人で暮らしているらしいし、竈などは全て藤見屋のものを借りているというから、彼にとってはじゅうぶんなのかもしれない。
布団に寝かされて、ぐるぐると回る天井の木目を見ながら、千鶴はぼんやりと考えていた。寝返りを打つと、素肌に布がこすれて、なんだか変な感触だと思う。
隣には、部屋の主である辰之介が寝ている。
改めて見ても、やはり色男だ。閉じたまぶたを縁取る睫毛は濃く、顔の造りはほんの少し荒削りだが、そのぶん目鼻立ちがくっきりしている。からりと笑う顔が似合う、爽やかな空気があった。
感触を確かめてみたくて頬にぺたりと触れると、途端に大きな目が開いた。
「……なんだ。起きるのか?」
「ううん、寝てていいよ」
「いいや、目が覚めちまった」
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