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そう言いながらも起こしたのは上半身だけで、頬杖をつきながら千鶴の頭を撫でた。
「昨日は……悪かったな」
烏の濡羽色をした千鶴の髪に、指を入れて梳くようにする。昨日あれほど汗に濡れたはずなのに、さらりとほどけて落ちた。
「謝んなくったっていいよ。俺だってしたくなって……でも、怖くなかったっていうのは、嘘だけど」
特に、項を咬まれてからがすごかった。まるで自分の体ではないみたいで――思い出して、千鶴は赤くなる。情事に耽ったのはあれが初めてだったけれど、自分はあれほど淫らな質だったのだろうか。
「あの……咬んだのはなんだったの? 辰のシュミ?」
「ばか。違う」
辰之介まで赤くなっている。
「それはだな……ううん、とにかく、悪かった。忘れてやってくれ」
忘れる。
世間では、情を交わした後はすぐに切り替えて忘れてしまうほうが良いのだろうか。
わからないままだが、千鶴はとりあえず言われるままにこくこくと頷く。
「なあ。お前、自分が熱を出す理由も知らねえんだよな」
「うん。おれが大きくなってから話すって言って、それきり。親に聞いても、古株の女中に聞いてもはぐらかされてた」
千鶴の不貞腐れた顔を見て、辰之介はこらえきれない様子で噴き出した。
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