5章

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千鶴の瞳から、はらはらと大粒の雫がこぼれ落ちる。 おそらく、辰之介の言うねじれを直すためには、不満を口に出して、父と母と、膝を突き合わせて話すことが必要だったのだろう。それは、薄々千鶴にもわかっていたことだった。しかし、熱を出したときの千鶴は幼すぎて、そして臆病すぎた。自分がただ嫌われていて、遠ざけられているという答えが出ることを恐れた。だから、清右衛門に食いついて理由を質し続けることができずに、諦めてひっこんでしまった。 千鶴は辰之介の胸にしがみついた。ずっと押し込められてきた言葉がするすると落ちてくる。 「おれ、閉じ込められてるの、ずっと嫌で……。こわいし、でも小さい頃にいやだって言っても、だめだったし」 閉じ込められるのは嫌だ、外に出たい、おれも菫のように撫でてほしい――そういう素直な思いを口にすることは、十のときに蔵の中に置いてきてしまったのだった。態度を硬化させて、我儘を言って困らせて、そうしたことで気持ちの代わりに不満をぶつけていた。 自らにすがりつく千鶴の背中を、辰之介は何も言わずに、優しく撫でる。     
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