5章

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「外に、出たかった。同じ年頃の子たちみたいに、店だって手伝ってみたかった。だって、熱を出すまではずっと父様と母様の姿を見てて、憧れてたんだ」 正直に思いを紡ごうとすればするほど、言葉と一緒に涙があふれてくる。 思えば、千鶴にとって素直に不安な気持ちを吐露できる相手は、周りには一人もいなかった。こんなことを喋るのは、幼い時分に目を泣き腫らして以来の経験だ。 「なのに……だめになっちゃって、理由もわからなくて……。だんだん、誰にもいやだって言えなくなって……苦しかったっ……」 ぐずぐずに泣いて、辰之介の着物を濡らしてしまっているのに、彼は黙って千鶴を抱く。触れ合っている胸元から、そして両の手のひらが当たっている頭と背中から温かい流れが伝わってきて、ますます胸がきゅうと切なくなった。 「自分の心情を吐き出すのは案外大変だからな。一度折れちまうと尚更だ。俺相手で練習して、ちゃんと言えるようになっていくといいさ」 囁く声は、ひどく優しい。 ひとしきり涙を流して、体が疲れてしまうくらいになって、やっと辰之介にお礼が言えた。 辰之介は気にするなとひらひら手を振る。 「いや、正直な所、お前のためとかかっこつけた俺……まさしくどこかの馬の骨が手篭めにしちまって、お前の親御さんには顔向けできねえな……。処女の襟巻が、あんな」     
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