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6章
千鶴が辰之介に連れてこられたのは、藤見屋の二階の、奥にある部屋であった。扉は観音開きになっていて、真っ黒な金具には花の意匠が細やかに施されていて美しい。辰之介はその扉を無遠慮に開き、中に向かって声をかけた。
「おおい、律」
返事はない。
「律。起きてくれよ」
辰之介が部屋へずかずかと踏み込んでいくので、千鶴も慌ててあとを追った。室内にはかなり高級なものと思しき調度品が並べられていて、道楽三昧を尽くしていた千鶴もさすがに驚いた。これほど大きな黒檀の箪笥は見たことがない。表面の、無数に咲き誇る杜若を象った彫り物も見事だ。それに、脇の机に置かれている壺は古物の青磁ではないだろうか。
千鶴がうっかり調度品に見惚れている隙に、辰之介は最奥に敷かれた布団の枕元に座り込んで、布団の膨らみに声をかけていた。
「なあ、律。襟巻を貸してくんねえか」
「ん……なんだよ……」
声がして、分厚い布団がもぞりと動く。
布団の中から現れたのは、見たこともないほどに美しい男だった。
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