6章

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胸ほどまである黒髪は、起きたばかりというのにほつれのひとつもなく、艶やかに陽をはね返している。肌は新雪のように真っ白で、薄い唇が紅でも引かれたように目立っていた。 寝起き特有のぼんやりとした瞳は、どうやら雨空みたく灰色がかっているようだ。睫毛も煙るように濃く長く、目元に大きな影を落としている。 しかし美しい顔と同じくらいに目立っているのは、寝間着であろう白い襦袢とは裏腹に鮮烈に彩られた、ゆったりとした絹の襟巻である。 「おはよ、律。早くにすまねえな」 「……いいよ、お前に起こされるのは慣れた……」 美しい男は大あくびをする。 「で、そこで立ってる子は誰?」 あまりの美しさに、千鶴は箪笥の前で呆然と立ち尽くしていた。はっと我に返るも、なんだか変にかしこまってしまってその場で正座する。 男はふふっと笑った。 「そんなとこに座らないで、こっちへおいで」 手招きをする指すら、白魚のようだ。千鶴はぽわぽわと夢でも見るような心地で、辰之介の横に控えた。 こんなに美しい男なのに、辰之介は動じず平気で話しかけている。 「こいつは千鶴っていう。色々あって、昨日……一昨日かな? 拾って連れてきたんだ。見世出しのためじゃねえぞ。千鶴、こっちは律」 律と呼ばれた男は軽く会釈した。千鶴もつられて頭を下げる。 「律は、藤見屋で一番人気の倡妓だ。いや、桜花街で一番だな」     
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