6章

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千鶴はこくこくと頷いて、転がるように鏡台へ寄る。鏡台もいかにも高級で、朱漆に縁取られた鏡は一点の曇りもなく、律の顔を写して誇らしげに輝いている。千鶴は律から柘植の櫛を渡されて、髪を梳いてと頼まれた。 千鶴が律の髪を梳く間に、律は枕元に置かれていた水桶に布きれを浸し、かたく絞る。 「近頃は夏のくせに全然雨が降らないでしょう。だから空気が乾いちゃって、喉がいがらっぽくて……水を張って置いておくと湿気が出ていいんだ」 他愛のない話をしながら、濡れ布巾で顔を拭き取り、鏡台の上の竹筒から良い香りのする水を出して頬にあてた。 「おわり。じゃあ、次は千鶴の番」 「ええっ、おれはいい……です。遠慮する……」 髪を梳きながら、鏡に映る顔を真正面から見ていたはずなのに、未だにその美しい顔に見つめられるのが慣れない。縮こまる千鶴の肩を、律は笑いながらぽんと叩いた。 「いいの、俺がしたいの。ほら、こっち座って」 あれよという間に鏡台の前に座らされて、さっきしたのと同じように髪をくしけずられる。鏡に映る千鶴は、先程の涙で目を少し腫らしていた。しかし、律は何も言わない。 千鶴の髪は細い猫毛で、倡妓見習いとして窓の下の道を駆け回っている禿の子らよりも短い。あまりやりがいがないのではないかと思ったが、彼は愛しげに千鶴の頭を撫でながら鼈甲色に光る櫛を通している。 「千鶴は、どうしてここに来たの?」     
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