6章

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新しい濡れ布巾を渡されて、千鶴は顔を拭いた。冷たくて、律から聞かされた話にごちゃごちゃしていた頭と気持ちが幾分かさっぱりする。 鏡に映った自分の顔は、困惑してはいるけれど、家にいたときより少し顔色がよく見えた。それに、涙の腫れもだいぶ引いていた。椿油を塗ってもらって艶めいた髪をいじる律と、鏡越しに目が合う。 「……ああ、いっぱい喋った。今度は千鶴の話が聞きたいけど、話したくないなら、話さなくてもいいよ。それでも俺にできることはするからさ」 「……ううん、大丈夫」 自分の、千鶴にとっては凄惨とすら思える過去を――きっと話していない、つらい部分だって多いだろうと想像される過去を、含みもなくするりと喋ってしまう律の姿は、凛々しくさえ見えた。歳は千鶴とそう変わらないように見えるのに、これほどまでに達観している 千鶴はおずおずと口を開く。 「あの、おれ……ずっと家に閉じ込められてて。辰がうちの蔵に盗みに入ったときにばったり出くわしたんだ」 たどたどしく紡ぐ言葉を、律はゆっくり頷きながら聞いてくれる。 「辰はおれが襟巻だってわかったみたいで……。おれは自分がそういうのだって、知らなかったんだけど。それで閉じ込められてるのは可哀想だからって、連れ出してくれた」 律の柳眉がひそめられる。     
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