2章

1/12

68人が本棚に入れています
本棚に追加
/89ページ

2章

街道筋の町で一番の呉服商・鶴乃家の、屋号に背負った鶴のように真っ白い漆喰壁で囲まれた、立派な蔵。その中には商売道具の反物や、鶴乃家の主人が港町で買い集めた様々な唐物が所狭しと並べられている。 しかし、月に一度だけ、全く別のものが蔵に入れられる。 それはいつも、特上の反物を眺めたり、唐物の時計をいじったりして遊んでいるが、しばらくすると飽きて放り出し、本が積まれた文机の傍に座り込む。そして、火を入れた灯明の下で、本の山を一冊ずつ崩してゆく。 月に一度だけしまわれるというとある「もの」――鶴乃家の息子、千鶴は、そうして蔵での夜を過ごす。 今日は、朝から読み続けている本の続きを求めて、ひたすら頁を繰っていた。東の町から始まった主人公の旅は、早くも西の都まであと七つの宿を残すのみとなっていた。彼が歩を進めるたびにあらゆる災難や僥倖が起きて、次は何があるのかとわくわくする。外に出ることを許されない千鶴にとって、神さまになって彼の初めての旅を見守っているような気分だった。 次に千鶴が本の世界から引き戻されたのは、頼っていた灯りが大きく揺れたときであった。     
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68人が本棚に入れています
本棚に追加