2章

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どうやら油が切れたらしい。また火が揺れて、ついに、ふいと消えた。 「……まだ途中なのに……」 千鶴は嘆息して本を閉じた。 普段ならば、夜更けに小間使いを起こすのも面倒なので自分で油を差しに行くのだが、自由に取りに行くためには、あと五日は待たねばならない。千鶴は、この蔵に幽閉されているためである。 幽閉を指示しているのは、他ならぬ清右衛門である。鶴乃家は周囲では見ないほどの大店で、清右衛門は町の者皆に慕われている。そのような人間が、実の息子を蔵に籠めるなどという非道を行う理由は、籠められている当の本人には知らされていない。 (おれはなんにも悪くないのにさ) 初めて蔵に入れられたのは、千鶴が十になって間もない春だった。風邪かと思われた微熱がいつまでたっても収まらず、両親は家付きの医者を呼んだ。熱に浮かされ朦朧とした意識の中ではあるが、枕元で三人が長々と話し込んでいたのを、千鶴は覚えている。母は幼い妹を抱きながら泣き、父は押し黙っていた。 その日のうちに鶴乃家自慢の蔵には豪奢な布団が運び込まれ、千鶴がそこに転がされたのである。まだ寒い時候であるから、と布団の脇に置かれた火鉢を横に、父は言った。     
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