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「それからは町を出て一人であちこちふらついたりもしたが、色々あって桜花街に流れてきて、落ち着いた。ここは好きだが、旅も良いもんだったぜ」
「そっ、か……」
辰之介は辰之介で九重なりの苦難があったと聞いて、つらかったろうと思うと同時に、なんだか安心する自分がいた。過去になんの傷もない男がただの哀れみによって助けてくれたのではなく、生まれの性質のせいで翻弄された、同じ傷を持った者として手を差し伸べてくれたことに、安心したのだ。
しかしその笑顔には、陰りは見えない。律と同じだ。すべて飲み下したみたいに笑ってみせる。
不意打ちに近いところに律との共通点を見つけて、さっき佐月が言ったことを思い出してしまった。
「……ね、あの子たちが言ってた、揚屋入りってなに?」
頭に浮かんだそれを振り払いたくて、無理に話題を変える。
「……ん、ああ、倡妓が普段いる妓楼から、揚屋っていう倡妓と客が遊ぶためのところに移動することだ。律は面倒がって妓楼で客を取ることも多いけど、妓楼は下卑た場所だって言って来たがらない奴もいるからな」
「郭町に来たくせに妓楼が嫌いなんて、変なの」
「お偉いさんの自尊心と肉欲がせめぎ合った結果だろう。ま、揚屋に呼ぶような客は金払いもいい。ちょっとくらいは大目に見てやるのさ」
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