8章

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面倒くさがりの律が、たまの揚屋入りではこの世のものとは思えないくらいに美しく着飾るから、皆こぞって見物に行くそうだ。 行く先には、黒山の人だかりができていた。どうやら、あの先に律がいるらしい。辰之介たちに気づいた何人かの子供たちが手招きしている。 駆け寄ってみたものの、人が多すぎて日傘の先しか見えない。 「だめだね、遅かったみたい……わっ」 ふわり、両の足が地面から離れた。辰之介に軽々と持ち上げられ、千鶴はお尻を辰之介の右肩に預けるような形になる。さあっと視界が開けた。 「わ……すごい」 千鶴の目に飛び込んだのは、まず朱であった。律が身に纏う、艶やかな打掛の朱である。あのつやは繻子かもしれない。金糸銀糸で見事に織り込まれているのは、季節に合った百合の花だ。地の模様が浮き出るように、摺箔でうっすら描かれた雲が上品に輝いている。 首元には、紗でできた透けるような襟巻を巻いていた。おそらく本来の護身という目的についてはほとんど意味を成していないものだろう。あるいは、容色を武器のひとつとする倡妓として、わざと自らの魅力を惜しまずに出しているのかもしれない。 ゆるくまとめた髪に挿さっている簪も、律が歩くたびに揺れてきらきらと光を反射している。     
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