9章

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9章

桜花街に来て数日たったある日、だいぶ町に慣れた千鶴は一人で散歩に出かけた。辰之介は藤見屋のご主人に呼ばれておりついていけないと言っていたが、危ないことがあったらとりあえず自分でなんとかしようとするな、周りを見て助けを求めろと、初めてお使いに出される子供にするように言い聞かされて、千鶴は笑いながら返事をした。 既に昼見世の時間になっており、町は色を買いに来た客と呼び込みの女性たちで賑わっていた。まだ新参者の千鶴は、特に知り合いもいないので気楽に空や妓楼の建物を眺めながら歩を進めていく。時折千鶴の首の襟巻を見た男から、吟味されるように睨めつけられることもあったが、それだけだ。外を出歩いているのは体を売らない者か非番の倡妓だから、声をかけられることはないと千鶴も学んでいた。 ふらふらと歩き続けていると、通りの先に見覚えのある顔が現れたような気がした。目をこらすと、律の揚屋入りを見た日に、一人で草履を編んでいたあの子だ。たしか、太一といった。 お使いの帰りだろうか、大きな桶にいっぱいの水と豆腐を入れて、重そうによたよたと歩いている。 「あぶな……」     
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