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千鶴は声をかけようとして一歩踏み出したが、瞬間に、襟巻は淫売だから近寄るなという言葉が頭に蘇る。
自然と、足が止まってしまった。
千鶴がためらっている間にも少年は進み続けたが、案の定蹴躓いて、桶の中身をぶちまけてしまう。
さらに運の悪いことに、きょろきょろと周りを見ながら歩いていた大男に水と豆腐を引っかぶせてしまっていた。
「うわあっ!」
大男は腰から下がびしょ濡れの豆腐まみれになった。妓楼の客たちはそれを見てにやにやと笑う。笑いものになっているのを感じたのだろう、男はみるみる怒りで顔を赤くした。
「糞餓鬼め、ちゃんと前見て歩け! どうしてくれるんだよ、汚れちまっただろ!」
男は太一を怒鳴りつける。
しかし相手は年端も行かぬ少年だ。彼にとっては大事であったろうお使いの品をだめにしてしまった悲しさで呆然となっていたのに、怒鳴られた恐怖でさらに固まって、ついには泣き出してしまった。
(まずい、どうしよう……誰か、助けてくれる人)
焦って周囲を見回すが、皆様子を伺っているのか見ているばかりで、手を出そうとしている者はいない。
けたたましい泣き声に、男はますます激昂する。
「うるさいぞ! 泣いてないで、ごめんなさいの一言くらい言えるだろう」
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