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しかし、さらに声を荒げられるものだから、太一はなおも泣き止まない。
おや、雲行きが怪しい。そう察したらしい周囲の者たちは馬鹿にした笑みをやめる。
喉が引き攣れてしまうほどに大泣きする太一に、男はついに手をあげた。
「このっ……」
辰之介の言葉を思い出す。自分でなんとかしようとするな。近寄るなという、太一の言葉もまた頭に響く。なのに、男の手が振りかぶるのを見るか見ないかわからないうちに、体が勝手に駆け出していた。
小さな体を抱きとめるようにかばって、地面に転がる。
「いっ……た」
男の手は空を切ったが、千鶴は強く体を打ってしまって苦悶の声が漏れた。右の半身がじんじんと痛いが、腕に抱いた太一は泣き止んでいて、少し安心する。
「だい、じょうぶ? 怪我、ない?……ごめんね、触っちゃって」
太一は涙に潤んだ目を大きく開けて、千鶴をじっと見つめた。ひくひくと息をしづらそうにしていて、辰之介がいつかしてくれたように背中を撫でてやりたいのに、痛みで腕が動かない。
「な……」
千鶴の背中のほうで、大男が絶句している。
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