9章

5/12
前へ
/89ページ
次へ
「清右衛門さまも、いらっしゃっています」 権造がそう言ってすぐに、道の脇の妓楼からまた知った顔が飛び出してきた。 「権造! 千鶴と言った、か……」 父の、清右衛門だった。 はたと目が合った。焦りを含んだ清右衛門の目の色が、千鶴の首元に巻かれた布を見て、またさあっと驚きに変わる。慌てた顔など、初めて見た。 「父、様」 千鶴の記憶の中ではいつも厳格だった父の姿は、街中が派手に彩られた桜花街とは、笑ってしまうくらいに不協和だ。 「なんで。店は……」 「伊津に任せてきた。帰るぞ」 仕草だけで権造に促し、千鶴を立ち上がらせる。体中が痛いのに引っ張られて、思わずうめき声が漏れた。 「つっ……ま、待って、待ってってば」 「賊に攫われるなど、おつらかったでしょう……先程は申し訳ございません。体は痛むでしょうが、少しご辛抱ください。一刻も早くここから離れましょう」 よろよろともたつきながら進むが、二人は待ってくれない。痛みを抱えながら歩くのは想像以上につらく、権造の気をそらそうと千鶴は必死で話しかけた。 「ね、権造、どうやってここがわかったの」     
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68人が本棚に入れています
本棚に追加