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「千鶴さまと、攫った男の人相を頼りに、虱潰しに。あの男をよくこの郭町で見かけるという者がおりましたので、清右衛門さまがご自身も行くと……」
「権造。余計なことを言うな」
前を歩いていた清右衛門が振り返りもせずにぴしりと制した。権造は申し訳ございませんと言ったきり黙りこくってしまう。
昔を思い出す。遊びに出かけたときに逃げ出して、半刻もしないうちにまた捕まってしまったときのことだ。あのときも、帰りは丁稚に腕を掴まれながら、一言も喋らずに歩かされた。家に帰ってからも喋る気にはなれず、家族と話すこともどんどんなくなっていった。
(また、同じ……)
同じ道に、舞い戻るのだろうか。今回の脱出劇はあの日の家出と何ら変わらない、ただ外に出られた時間が伸びただけで、家に戻ればまた同じ軌道に乗せられてしまうと。考えれば考えるほど、胸の奥がぎゅうと痛い。
三人が人気のない路地裏に差し掛かったところで、鋭い声が空を裂いた。
「千鶴!」
「……し、ん」
向かいから彼が駆けてくるのを見た途端に、視界が滲んだ。
突然行く先をふさいだ男に清右衛門は面食らったが、権造は違った。
「ああっ、貴様……!」
(……今だ!)
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