9章

7/12
前へ
/89ページ
次へ
辰之介を見た権造の手が緩み、その隙を突いてむりやり抜け出した。ようやっと逃れられた千鶴の腕は少し赤くなっている。また捕まえられるかもしれないと転がるようにして逃れたのに、権造はまた我を忘れた、ぎらぎらとした目をして千鶴には目もくれていなかった。辰之介のことしか見えていないらしい。 あっけに取られる清右衛門の横を滑りぬけ、辰之介の胸へ飛び込む。 「しん、辰……っ」 「すまねえな、待たせて……酷い怪我じゃねえか」 目から勝手に涙がこぼれる。一人で危ないことに首を突っ込むなという言いつけに背いて心配させてしまったことの情けなさと、また家に戻されるという恐怖から少し解放された安心が綯い交ぜになってあふれてきた涙だった。 「もう、会えないと思った……ごめん、ごめんなさい……」 「お前は何も悪くねえ。……太一が俺に報せてくれたんだ。あとで話しに行こうぜ、太一も礼を言いたがってた」 自分の胸でぐすぐす泣く千鶴の頭を撫でながら、辰之介は目の前の二人を見据えた。 権造は顔色を変えて清右衛門に訴える。 「清右衛門さま、こいつです! 俺を縛り上げて千鶴さまを攫ったのは!」 振り向くと、権造は今にも飛びかかりそうな勢いだった。清右衛門も険しい顔をして辰之介を睨みつけ、吐き捨てるように言う。 「奉行所へ突き出してやる。……権造、捕まえろ」 権造が一歩踏み出した刹那、千鶴は息を吸った。 「やめろ!」 千鶴の喉から、必死の叫びがほとばしる。     
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

68人が本棚に入れています
本棚に追加