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「権造も、父様も、やめてください。辰之介は、おれのことを思って外に連れ出してくれただけだ」
二人の動きがぴたりと止まった。千鶴のここまで切羽詰った声を久しく聞いていないからだろう。事実、千鶴も自分で叫び方を忘れているかと思った。
いつもの我儘ではない。真摯に相手に伝えようと、心の底から出た言葉だった。
「おれは外に出て、人に会って、知らなかったことを学んだ。今は感謝の気持ち以外ない。だから、辰之介は悪くない」
「千鶴……」
清右衛門も権造も、気圧されたように立ち尽くす。
ふらり、と千鶴がよろめくが、辰之介が抱きとめた。
「おい、大丈夫か」
「……うん」
心の中の気持ちを整理して取り出し、できるだけ的確な言葉を選びながら口にする――身勝手な欲望ではない、自分の素直な意思を伝えることが、こんなに疲れることだなんて。「話す」ことから逃げてきた千鶴にとってはなんとも重い。
しかし、清右衛門に、聞かなければならない。辰之介と話してわかったように、会話をしなければ自分たち親子の関係はねじれたままに終わる。
彼に連れ出してもらう前ならば、ねじれていようがなんだろうがどうでもいい、両親の思うままにされてあとは死ぬだけと投げやりに過ごしていただろう。しかし、今の千鶴は違う。
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