2章

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そして、幼子にとっては些か手酷い仕打ちを埋め合わせるように、親はとことん千鶴に甘くなった。鶴乃家にとって可愛い末っ子であるはずの妹よりも、物品の面では優遇されているだろう。千鶴の部屋には最高級の調度品が揃えられ、欲しいものは何でも買い与えるし、千鶴があれを食べたいといえば、とびきり値が張る初物でも舶来の珍味でも、次の日には膳に上げられた。 両親が聞いてくれない我儘は、蔵に入りたくないということ、そして熱を出したとき誰かに一緒にいてほしいという願いだけである。 幼い時分は、一人で過ごす夜が怖くて、一晩中泣いたこともあった。しかし泣いていても、誰も千鶴の熱を帯びた頭を撫でてくれることはなかった。皆、最低限の世話ごとだけこなして、すぐに出ていってしまう。火鉢が置かれていてもなんだか空ざむい蔵の中で、千鶴はいつも一人で布団にくるまってやり過ごしてきた。 (……菫が風邪を引いたら、母様は菫を撫でるのに) そうした寂しさが両親への密やかな反発となって、無理を道理にするくらいの我儘として溢れてくる。 中でも特に千鶴が我儘を言ったのは、本についてだった。外出を諦めた代わりに、自身をあらゆる場所へ連れて行ってくれる本を好んだ。絵入りの草双紙の他、読本や遠く離れた名所を描いた図絵を読み、近頃は史記などもねだっていた。重たい本を山ほど買い込ませ、走って帰ってこいと丁稚に申し付けるのはいつものことだ。     
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