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終章
部屋に帰ると、すぐに辰之介が水に濡らした手拭いを持ってきて、顔を拭いてくれた。
「ん……ありがとう。ごめんね」
「気にすんな。千鶴は泣き虫だからな、慣れとかねえと」
からかうようにそう言って笑う。
あれほど避けてきた父との会話も、乗り越えてしまえばなんということはないように思える。それどころか、あっさり答えてくれて、正直拍子抜けした。
「……あんな簡単に話がつくなら、もっと早くに言えばよかった。ばかだなあ、おれ」
「お前の決めた、覚悟みたいなもんが見えたからだろう。俺の胸で泣きながら言ってたときより、ずっと上手に伝えられてた……。俺なんて、心配して行ったくせに何の役にも立たなかったぜ」
「でも、言うきっかけをくれたのは辰だから。辰に会わなければずっと聞けなかったと思う。……それに、俺が泣いてるときも、話してる間も、ずっと後ろで支えてくれた。ありがとう」
出会ってからずっと、泣いてばかりで迷いがちな千鶴を落ち着かせて支えてくれるのは、いつも辰之介の体温だった。触れられることに慣れていなくて、飢えていた千鶴に温かさをくれた。
その温かさが、愛しい。
例え他の誰かのものだったとしても。
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